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STANDBY! TIMES
2007.06.25
ジョン・キョンファ
Jeon Kyonghwa

東京都出身。朝鮮料理家、朝鮮料理モランボン流師範、KOREAN COOKING ジョン・キョンファ スタジオ主宰。テレビや雑誌、料理教室、講演会などを通して韓国・朝鮮料理の普及に努める。近著に『オンマの台所』(大和書房)。

人材を育成し、文化を伝える

「朝鮮料理モランボン流師範」として韓国・朝鮮料理の普及に努めておられるジョン・キョンファさん。『モランボン流』は、お父様の故ジョン・ジンシク氏が宗家を名乗り1966年に始められたのだそうです。
「父は日本に渡って来た一世で、自分の国の食文化を正しい形で広めたいという思いを強く持っていました。それでモランボンという会社を設立して、韓国の焼肉のたれや調味料をつくっていたんです。

同時に、長い時間をかけて伝えていくのが文化であり、そのためには人材を育成しなければいけないという考えから「モランボン調理師専門学校」を創立しました。父の思いは、日本で調理師を目指す人たちに、教育の一環として朝鮮半島の食文化を植え付けることで、彼らが卒業後和洋中とそれぞれの道に進んだ時に、そこから広がっていくのだと。

前身のモランボン料理学園から合わせ30年で閉校しましたが、人数は少ないながらもモランボンで学んだ調理師がいま全国にいる。それはとても貴重な財産だと思います」

人の心に残るレシピを

そして、敬愛するお父様の影響を受け、キョンファさんは17歳の時に「朝鮮料理研究家」として歩むことを決心されたのだそうです。
「同じ民族である朝鮮が南北に分断されて50年、コリアンにとって母国には不幸な悲しい歴史があります。そうした中で、私たち在日コリアンは海外で生まれ、自分のアイデンティティとは何なのか、自分の居場所は? 自分の親の歩んできた歴史は…と、皆考えているんですね。

私は『自分の親から教わった美味しいキムチ、こんなにすばらしいものを、ぜひ広めたい』、そう思ったわけです。それで父に『厨房に入るのではなく、料理を広める仕事をしたい』と告げました」
18歳から22歳で結婚するまで猛勉強の日々を過ごし、23、25、28歳と3度の出産を経験。「怒濤の生活だった」と当時を振り返るキョンファさん。それから20数年の年月を経て、最近ようやく楽しんで仕事に取り組めるようになったのだとか。
「コリアンとして堂々と料理を教えたいというプライドを示したくて、テレビ番組には必ずチマチョゴリを着て出ていたんです。でもここ数年くらい前からは洋服を着るようになりました。構えずに、楽な気持ちで取り組めるようになったんです。元気に楽しく。料理をしかめっつらでつくりたくないですものね(笑)。

私はどんなに忙しくても家族のために食事やお弁当を毎日欠かさずつくってきました。仕事である以前に、私の料理の根底は家族のゴハン、家庭の料理にあるんです。韓国料理がもっと気楽に家庭料理の中に受け入れられるようになって、何か1品私のレシピが皆さんの心に残ってくれればと思いますね」
最後に、今後の展望について伺いました。
「夢は、私が通訳兼案内役で『朝鮮半島縦断ツアー』を実現すること。南北の美味しい料理を味わってほしいんです。 それと、これまでは迷ったら止めていたけれど、これからは『まずやってみる。失敗したらゴメン!』でいこうと。買い物でも迷ったら買う! それも結構楽しいんですよ(笑)」

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