元宝塚歌劇団宙組トップスター、和央ようかさん。
和央さんは昭和63年宝塚音楽学校を卒業し、宝塚歌劇団に入団、同年花組公演『キス・ミー・ケイト』で初舞台を踏みます。間もなく雪組に配属され、2年目で『ベルサイユのばら』新人公演での男役オスカルに抜擢、一躍注目を浴びます。平成10年、新たに発足した宙組に移籍。
平成12年『うたかたの恋・GLORIOUS!!』全国ツアー公演より、宙組2代目トップスターに就任しました。
厳しい訓練を経てトップスターに
その輝かしいばかりのご活躍ぶりをおわかり頂けたと思いますが、そこに至るまでの道のりは大変だったのでは?宝塚音楽学校への入学は「東の東大、西の宝塚」と称されるほどの難関だとか。そして、「軍隊」に匹敵すると言われる同校の厳しい規律も入学試験の難しさと共に知られていますが…。
「年功序列で、予科生(入学生)にとって本科生(2年生)は絶対的な存在です。黒いものでも、本科生が白と言えば白。部屋は1時間半かけてピカピカに掃除して、廊下は壁に沿うように端を歩いて、一人ひとりに挨拶をする。そのかわり自分が本科生になったら、立場は逆転しますよ(笑)。本当にずいぶん鍛えられましたね。でもそうした経験があったからこそ、その後のハードな舞台生活を乗り越えてこられたんだと思います」
応援してくれる多くのファン
平成16年には、舞台で優れた業績を示した芸術家に贈られる「菊田一夫演劇賞」を、相手役の花總まりさんと共に受賞するなど、二人は「最強コンビ」「黄金コンビ」と言われ、宝塚歌劇団宙組の一時代を築き上げました。そして、異例の6年という長期にわたりトップを務め、今年7月に劇団を退団。大役を務め終えた現在の心境と今後の展望について伺いました。
「辞めてからも、沢山の方に応援して頂いて…。予期せぬというか、身に余る対応をしてくれるファンの方が沢山いてくださって、それは本当に有り難いですね。今後の活動については、実は具体的にはまだ何も決めていないんです。トップを務めた人は十中八九、舞台に行こうとうか、映像の仕事に進もうとか、皆さん次を決めてから辞められるのですが、他の方がそうしてきたからと、無理にどんどん仕事を入れてもどうかと思って。私は考えが甘いのかもしれませんが、時間をかけて自分を見つめ直して、ゆっくりするうちに何か見えてくるかなと。今まではやることがあまりに多すぎて、体を騙し騙しやってきたようなところがあるけれど、来年1月青山劇場でソロコンサートを開くので、それまでは体のメンテナンス、体力づくりに励もうと思っています。そのあとは、食べることも飲むことも好きなので、宝塚時代は時間がなくてできなかった、美味しいものの食べ歩きをしたいですね(笑)」
今まで宝塚一筋に走り続けてきた和央さん。それだけに宝塚というステージ以外の分野では、いわば彼女はまだ真っ白の状態であり、これからどんな色にも染まることができる、未知の可能性を秘めています。新しいスタート地点に立つその日まで、暫し充電期間を満喫してくださいね。
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